日光東照宮・陽明門の正面(くぐる前)の彫刻の種類一覧
最上部
麒麟
陽明門の数ある彫刻のうち、もっとも高い位置を占めているのが麒麟という霊獣です。
古代中国の文献によれば、鱗を持つ生き物では龍、獣類では麒麟が至高の存在であることが記されてい‥‥‥申す。グギャっ
さらにこのようにも説かれています。
麒麟は儒教の第一の徳目である仁徳と備えた仁獣でもあり、肉食はおろか、草などの植物をも口にせず、歩くときさえも草や植物も踏まずに虫を踏みつけることもない。
姿を見せることは基本ないが、有徳の王が現れるとその王の前に姿をみせる。
一説にはこの麒麟には性別が存在し、オスが「麒」でメスが「麟」とも。
日光東照宮の麒麟の特徴
体型は鹿に類似。頭部に1本のツノをもつ。足の蹄が2つに割れている。襟足にカールした体毛をもつ。体に風車紋がある。
顔は龍に似る。2本の牙がある。上唇の先端に鼻孔がある。
御本社の将軍着座の間の大杉戸には狩野探幽が描いた麒麟の画像が見えますが、牙がなく2本の太いヒゲがあり、タテガミがあり、風車紋がないなど、ずいぶんと彫刻とは異なりまする。
各彫刻の詳細な場所
鳳凰
屋根の垂木を支える丸桁(がぎょう)という水平状の構造材がありまするが、ここに牡丹と鳳凰が描かれてい‥‥‥申す。ゴハっ
鳳凰は古来、中国では麟・亀・龍とともに四瑞(しずい)として尊ばれた伝説上の瑞鳥です。
中国最古の辞典である「爾雅(じが)」によれば次のように記されてい‥‥‥申す。ゴガっ
『クチバシは鶏、アゴはツバメ、頸はヘビ、背は亀、尾は魚』
『色は黒白赤青黄色の5色。高さは六尺ほどある』
などと記載されていますが、現今、実際に伝えられているものはその姿形は一定していません。
また、青桐(アオギリ)に宿り、竹実を食し、霊泉を飲むと云われ、聖徳の天子の兆しとして現出するといわれまする。
一説には鳳凰にはオスメスという性別が存在し、オスを「鳳」、メスを「凰」と呼ぶそうです。うきゃ
日光東照宮で表現される鳳凰の特徴
大型で、頭部に3〜4重の冠羽を持つ。目の下に鶏のような肉垂がある。尾羽は帯状で長く、全体的に波打ち、縁はノコギリ歯状で先に行くほど鋭利になっていく。
各彫刻の詳細な場所
龍
各彫刻の詳細な場所
息(そく)
上掲写真の中段、龍の下に見える歯もしくはヒゲのようなものが上方へ向いたものが息(いき)または「そく」です。
息は東照宮に伝承される「宝暦結構書」の中にだけ記されている霊獣です。
全身で描かれている図像がなく、後ろ足や尾っぽなどの状態は不明。
書内では正体も名前も読み方も明かされておらず、今となっては詳細は不詳。
龍と息と違い
- 頭頂部から前方部へと湾曲しているツノが1本ある
- 2本の牙がる
- 襟足にはカールした体毛がある(天パ〜か?)
- 龍とは異なり、上唇の先端に鼻孔がある。
- 龍のような口ヒゲがない
- 下半身(身体中央から尾まで)が不明
各彫刻の詳細な場所
鳳凰
上層部、組物の間の頭貫の上方には色あざやかな鳳凰の彫刻が見えまする。
丸桁に描かれた鳳凰とは異なり、首にいくつもの房状の飾り毛がついています。
東照宮の彫刻では桐だけを用いた彫刻はなく、おおむね鳳凰がセットになってい‥‥‥申す。グハっ
表現されている桐の特徴は手のひらのような形をした葉が浅く5つに分かれていて、枝先に紺色の花やつぼみが付いていまする。
各彫刻の詳細な場所
中段
目貫きの龍
各彫刻の詳細な場所
目貫きの龍については下記ページにて詳しく述べてい‥‥‥申す。グハっ
龍馬(りゅうば)
龍馬とは駿馬のことです。古代中国の伏義氏のとき、黄河から現れた龍馬の背中にあった旋毛の形状、いわゆる「河図」に基づいて考案されたのが、易占に用いられる八掛だとする伝承がありまする。
龍馬の特徴
龍馬の特徴は体型は馬。顔は龍そのもの。ツノは2本。龍のような2本ヒゲはなく、襟足にカールした体毛がある。
体表が鱗で覆われている。腹は蛇腹。脚は馬と同様に先が割れていない単蹄。脇のあたりから火炎がたなびいている様子が表現されていますが、これはかつて翼があった名残りという説もありまする。
龍馬の浮き彫り
上掲写真のように龍馬の浮き彫りもありまする。
このレリーフでは龍馬の周囲に波模様が描かれていることから、一説には黄河から現出した龍馬を表しているとも考えられています。
各彫刻の詳細な場所
桟唐戸(さんからど)
先に言っておくと桟唐戸(さんからど)や火灯窓(かとうまど)は下から見上げても手前にある高欄が邪魔をして見えません。
門のちょうど中央部、ど真ん中に据えられています。
菊水
桟唐戸には菊水のレリーフがはめ込まれてい‥‥‥申す。ゲギャっ
菊水とは中国河南省内郷県にある白河の支流「菊水」に因んだ言葉です。なんでもこの河岸にある菊の露を飲んだ者は長生きできるそうな。
菊は生命力が強く、重陽の節句でも知られるように古来、延命長寿の仙薬として知られています。日光東照宮では牡丹の次くらいに数多く見られる彫刻です。
ただ、ほとんどに波門や流水が配されていることから、これは菊水の故事に由来するものだと考えられています。
各彫刻の詳細な場所
火灯窓(かとうまど)
この火灯窓が肉眼で拝める陽明門の真下の位置まで来ても高欄が邪魔をして見えない。
であるからしてこの火灯窓を見るときは少し離れた位置から望遠レンズのようなものを覗く必要がある。
中央の鳳凰の丸と左右の松竹
これらは火灯窓にあしらわれた鳳凰の彫刻です。構図的には日本航空(JAL)の航空機の尾翼に見える鶴丸のように見えんこともない。
通常、下からでは見ることのできない繊細かつ絢爛豪華な色彩美をご堪能くだすわぁぃ♡
菊水(きくすい)
上記、火灯窓の中央に据えられるのが「桟唐戸(さんからど)」でゴザる。
桟唐戸の左右両脇には下記のような龍のレリーフが見られまする。
昇り竜と降り龍
⬆️左側(南面(正面)・東側の昇り竜)/右側(南面(正面)・西側の降り龍)
龍は春分に天に昇り、秋分になると淵に潜むという故事がありますが、陰陽五行説に例えると春は東、秋は西に相当するものであり、東側上方に頭がくる昇り竜、西側下方に頭がくる降り龍とされまする。
⬆️左側(北面(裏側)・東側の昇り竜)/右側(北面(裏側)・西側の降り龍)
陽明門の背面(裏側)にも正面と同じような構図のレリーフが据えられています。やはり、東側上方に頭がくる昇り竜、西側下方に頭がくる降り龍とされまする。
松竹
⬆️左から竹・梅・竹・梅
「松竹梅」という植物をセットにした言葉は日本でも瑞兆を示すシンボルでもありまする。
古代中国においては節操観念の高さが愛でられ、吉兆を示す植物として松竹梅を組み合わせて用いるケースが散見されまする。
しかしながら日光東照宮においての松竹梅は梅が除外され、松竹のみで構成されていることが分かりまする。
各彫刻の詳細な場所
唐子遊び
孟母三遷(もうぼさんせん)
賢母の機転により、孟子は常に礼儀作法の遊びをするようになり、それ見た賢母は孟子を訓育し、大学者にまで育てあげるのです。賢母の右側に本を読む孟子が表現されています。
奏楽
童4人が横笛、ひちりき、太鼓、鉦を持ち、演奏している様子が描かれています。
舞踏
5人の童が踊っている様子を表現しています。
じゃんけん
9人の童たちが、じゃんけんをしている様子が表現されてい‥‥‥申す。ゴハっ
司馬温公の甕割
波紋が下方に見えますがこれは水です。仲間の1人があやまって水瓶に落ちてしまい、その様子を見た仲間の1人が「器は軽し、人命は重し」つぶやき、石を持ち出して高価な甕を割り、子供を助けたという場面が表現されてい‥‥‥申す。ギハっ
その甕を割った人物こそが歴史書「資治通鑑(しじつがん)」を著した司馬温公です。
鬼ごっこ
童7人が鬼ごっこをしてい‥‥‥連発はやめとこか。オホ
木馬遊び
童2人が木馬に乗り、1人がこれを褒めたり冷やかしたりし、2組の童が子供を背負って遊んでいる様子が表現されています。
蝶々捕り
童3人が団扇を持って蝶々を捕まえる様子が表現されてい‥‥‥はぁ〜‥またこパターンか。連発やしな。オホ
じゃんけん
3人の童がじゃんけんをしてい‥‥まする。(回避。ふぅ)右の童が両手で何かを示し、それを見た左の童が何か返答をしているように見えまする。
各彫刻の詳細な場所
唐獅子
唐獅子のモデルは百獣の王であるライオンです。古代エジプトから前漢の武帝の時代にシルクロードを通り、中国を経て我が国へ仏教と共にもたらされたとされます。
古代エジプトでは王者のシンボルとして用いられたものが中国へ伝わると聖域を守護する霊獣となり、それがそっくり日本へ伝来してい‥‥‥申す。ゴギャ(解禁!)
日光東照宮のあらゆる彫刻の中でもっとも数が多いのが唐獅子!
この唐獅子の彫刻は日光東照宮の数ある彫刻の中でもっとも数が多い彫刻です。
唐獅子の特徴
4足、手の平は猫の形、4本の爪をもつ。たてがみ・眉・あごひげ・胸毛などの体毛はすべて天パー(カールしている)。尾っぽの先端が火炎状。体表には風車状の旋毛がある。
鼻は上唇とひっつくように備わり、人のように鼻梁が高く、左右に鼻孔があり、平らで三角形。
「百獣の王」の唐獅子と、「百花の王」の牡丹は頂点に立つ存在として、図様にセットで表現されること多く散見されまする。
各彫刻の詳細な場所
聖賢&仙人
各彫刻の詳細な配置図
弾琴(だんきん)
弾琴とは、音楽を演奏したり聴いたりすることで心を清らかにすること。
下記の囲碁や展書、観画は錦旗書画(きんきしょが)と言い、君子の四芸とされるものです。
囲碁(いご)
中国では囲碁がたしなまれる姿が散見されますが、囲碁も故事に則った訓育と1つとされ、勝負事は正々堂々という精神修養が込められていまする。
訴人(そにん)
訴えをするために周公に訴状を渡たす人たちと左端に見えるのが周公。下掲の「周公聴訴」とはセット。
周公聴訴(しゅうこうちょうそ)
周公旦は文王の子で周の名宰相。食事中に人がたずねてくれば食べ物を吐き出してまで会う。髪を洗っている最中であっても訴え事があれば中断し、話に耳を傾けるという聖人像で知られてい‥‥‥申す。ゴホっ
孔子観河(こうしかんが)
孔子は日本でも儒学の祖もしくは論語として知られた人物です。中国春秋時代の学者にして思想家でもありまする。
この彫刻は『逝くものはかくの如きか、昼夜を舎(お)かず』という時の移り変わりの激しさを嘆いている場面を表現しているようです。
ちなみに前述の「周公聴訴」やこの孔子観河、そして孟母三遷、司馬温公の甕割などは狩野探幽の得意とする分野と云われ、下絵は狩野探幽でほぼ間違いがないとされていまする。
展書(てんしょ)
精神修養の一環で書と触れ合う様子が表現されてい‥‥‥申す。グハっ (このグハっは前回のグハっとはまた違うグハっ)
観画(かんが)
人格教養の一環として絵を描く、それを鑑賞して評価する云々も大事。技芸は身を助ける。
各彫刻の詳細な場所
下段
唐獅子
胡粉塗りの真っ白しろシロ助な躍動感あふれる唐獅子が見えます。狛犬のように阿吽の唐獅子いたりと様々。ウフ
各彫刻の詳細な場所
脇の間
各彫刻の詳細な場所
陽明門の正面最下層の両脇の空間には天井に絵が描かれていたり、随身像という人型の尊像が置かれています。
天女
天女は天界で暮らす女性。ヒラヒラとした羽衣を身につけ、天を飛行しまする。
迦陵頻伽
迦陵頻伽とは上半身が女性、下半身が鳥という稀有な図様の画像。
極楽浄土に暮らしているのですが、鳥なのか人なのかハッキリきりきりキリンレモンの如くにハッキリとせず、奇なる声で鳴いているとのこと。
琵琶を持っています。
欄間彫刻
長春は薔薇の別名。花期が長いことから延命長寿に通じるものがあるとされ、名前の縁起良さも相まって愛でられてきた花。
随身像
⬆️塗装前
⬆️塗装後
随身とは、平安時代以降、貴人の外出時にその護衛役として付き添った役人のことをいう。その随身を尊像を据え置くことで霊域の守護の要としています。
陽明門の随身像は1635年(寛永十二年)に京都七条仏師の康音(こうおん)が造立したものです。
陽明門の随身像は、等身大であることや、今にも動き出しそうなほど写実的に表現されていることから、江戸時代を通して「生きる人に違わず」などと囁かれていたようです。
陽明門内部(通行口の天井)
⬆️左(昇り龍)/右(降り竜)
日光山志に描かれた昇り龍・降り龍
天保年間に出版された「日光山志」には「昇竜は外の方にあり、降龍は内の方にあり」と記されているとおり、2匹の龍が向かい合う形で描かれた挿絵が附属しています。しかし実際のところ、現状は昇り竜が内側(北側)、降り龍が外側(南側)を互いに背を向けるに据えられてい‥‥‥申す。グゴっ
これは江戸後期の修理の際、はめ込み違えた可能性が指摘されてい‥‥(息止)‥‥‥申す。ゼぇハぁ
狩野探幽が描いた昇り龍・降り龍
現在の昇降の龍の配置は間違えたと推測される配置を踏襲して同位置に配置していまが、昭和の大修理の折、羽石光志画伯の複製画に平成の大修理で日光社寺文化保存会の澤田了司技師の複製画に取り替えられてい‥‥(使いすぎか)変更!‥まする。
なお、この龍画像の下絵(元絵)は狩野探幽が描いたものとされています。
陽明門の北面(裏側)の彫刻の種類一覧
中段
唐子遊び
各彫刻の詳細な配置図
犬との遊び
2人の童が白犬をけしかけて右端の童のテぃんポに噛みつかせようとしている?右端の童は「俺の息子はダイヤモンド並み」と言いたいのか、それに対応するため下を向いている。
そのほかはギャラリーだが、右から2番目の女の子もさらに真っ白しろしろ助べ〜な純白表皮の犬を抱きかかえている。
ミミズクと瑠璃鳥
ミミズクは夜行性の猛禽類で昼間は瞽(めくら)で目が見えない。それを小鳥(瑠璃鳥)がバカにしている様子が表現されている。
灌仏会ごっこ
灌仏会とは釈尊の生誕を祝う法要であり行事。1人の童がフルチンになって大皿の上に腰掛け、仲間の1人がその童に水をぶっかけて灌仏会ごっこを楽しんでいる。
左側の頭巾をかぶった半笑いのクソ野郎は念仏かなにかを唱えている。
サンジャク
サンジャクは中国原産の鳥で中国では古来、瑞鳥とされるほどの鳥。冠羽が白く、背から尾羽までは藍色、尾羽の先端は白色が特徴。藍色(黒みがかった青)は珍らっしぅぃ。
雪だるま
5人の童が雪だるまを作っている。クソでかい餅を、これでもかぃ!ちゅ〜ぐらいコネコネしているように見えんこともない。
瑠璃鳥と雀
2匹の瑠璃鳥を表現しているようだが、一匹は茶褐色をしている。実はこれ瑠璃鳥のメスとか。
雪で作った犬
雪で作った犬に雪玉を投げつけようと息巻いている小坊主ども。しかし、モノホン(訳:本物)の犬だったら‥‥‥?さぁどうする小坊主ども!
左端の童が顔を両手が覆っているのは、「アタイもぅ見てらんなぃ!」‥‥の表現。
木馬遊び
2匹の小坊主どもが乗っているのは鳥ではなく、これは木馬。…”匹”?
あ、くれぐれもプレイの方で使用する木馬ではなぃのでご注意を♡
サンジャク
サンジャクが松林を飛んでいる様子が描かれている。
各彫刻の詳細な場所
聖賢・仙人
各彫刻の詳細な配置図
琴高仙人(きんこうせんにん)
琴高仙人とは宋の康王の寵臣で琴を得意とした超国の人物。
涓彭(けんぼう)という長寿の術を操り、200余年、付近周辺の上空を飛び回ったそうな。
琴高仙人には弟子がいたのですが、ある時弟子と「琢水に入って龍子を捕まえる」と大見得をきり、川にドボンっ!(入水)
そして約束の日になると弟子は1万人もの民を川岸に参集させて龍を祀る祠を設けて仙人が来るのを今か今かと待っていた。
すると川底からクソでかい鯉のド頭が飛び出したかと思えば、忽然と一同の前にデカ鯉が全貌をさらしたものだから、一同は腰を抜かすとともに景仰(けいこう/改めて見直した)した。
‥‥という逸話がある。
黄仁覧(おうじんらん)
古代中国の南城の人物。官庁勤めで遠地へ単身赴任することになった。妻の父母は娘が寂しかろうと毎晩、娘のもとに来ようかと相談を持ちかけたところ、娘は主人は毎晩帰ってきて食卓を囲み、娘の相手もしてくれるので不安はないといぅ。
気になった父母はそれが事実か確かめるためにある晩、こっそりと様子を見ていた。
その時、閉じることを忘れるぐらいに目が丸くなって腰を抜かす。
黄仁覧が目の前にいてこう告げたからだ「私は瞬時に数千里を往復することができる。」そぅ告げると青龍を呼び寄せて大空の彼方に消えいったそうな。
以上、両親は安心したという逸話でゴザる。
鐘離権(しょうりけん)
唐時代の咸陽生まれの人物。この彫刻の鐘離権はクソでかい剣の上に乗って水の上を渡る様子が表現されている。
鐘離権は生まれた瞬間から人の3歳児ほどの大きさがあり、6日間、声を出さなかったそうな。そうかと思えば7日目になって言葉を話すようになり、「我紫府(しふ/仙人の世界)、に遊ばん」と告げ、周囲の人を驚かせた。
やがてその言葉通り、仙術をあやつるようになり、起死回生の医術をマスターし、多くの人々を救済したとされる。
費長房(ひちょうぼう)
費長房は後漢時代の汝南の人物。口から五彩(5つの色)の雲を吐き、電光を生じさせる仙人とされる。
雨風を自在にあやつり、空中をも自在に飛び回ることができたとされる。
しかしながら、この彫刻は肝心の費長房、当人がおらず、数ある東照宮の彫刻の中でも謎多き彫刻とされている。
一説には、費長房が飛び回る様子をみて驚いている3人のオッさんたちと目されている。
王子喬(おうしきょう)
王子橋は周の霊王の太子。名を晋という。
嵩山へ30余年、籠り、独自に仙術をあみだし、白鶴を呼び寄せて手なづけて、その背に乗って飛び回ったという。
王子橋は彫像として表現されるときは笙(しょう)という笛のような楽器を吹きながら白鶴に乗っている姿がほとんど。
しかしこの彫刻の王子橋は笙を持っておらず巻物を持っていることから、これは実は費長房とされ、上記の3人のオッさんたちの彫像とセットになっていると目されてい‥‥‥申す。ゲガっ
(※王子橋は白鶴に乗っているだけの姿のときは費長房とされることが多い)
梅福仙人(ばいふくせんにん)
前漢時代の寿春の人物。漢の役人だったが度重なる悪政を見てに官に嫌気がさし、官を辞し、家をも捨て、飛鴻山へ入山し、仙術を体得する。
仙術を用い鸞(らん)の背に乗り、天下を周遊し、1000年の寿を保ったという。
なお、この彫刻では鸞ではなく、鳳凰の背にまたがっていますが、鳳凰は鸞と似ていることから、よく取り違えられたそうな。
鉄拐仙人(てっかいせんにん)
李鉄拐(りてっかい)ともいう。中国隋朝時代の人物で峡出身。
8仙人の1人とされ、鉄の杖を空に投げて龍となし、この龍に乗って自在に去来したそうな。
口から魂を吐き出して自在に飛ばしあやつることができたとされ、この彫刻はまさにその魂を吐き出すシーンが表現されてい‥‥‥申す。グぅぇハっ
各彫刻の詳細な場所
下段
魔除けの逆柱
陽明門裏側から正面に見て右端から2本目の柱にはちょっとしたトリックのような願掛けがかけられていまする。詳細は下記ページをご覧くだすわぁぃ♡
脇の間
狛犬像
欄間彫刻
各彫刻の詳細な場所
陽明門の東面(裏側)の彫刻の種類一覧
中段
唐子遊び
各彫刻の詳細な配置図
鳩
倒れた友を起こす
火鉢を囲む
喧嘩
鳩
鳩を捕まえる
各彫刻の詳細な場所
聖賢・仙人
各彫刻の詳細な配置図
(ていしえん)
四睡
福禄寿と寿老人
張良
各彫刻の詳細な場所
下段
牡丹(大羽目)
牡丹は別名「百花の王」とも呼ばれるように大輪の花を咲かせ、その類い稀な花びらの光沢具合や凜とした凛々しい様は王侯貴族に愛でられました。
牡丹は遣唐使にて中国唐へ渡った大師・空海が唐より持ち帰ったものとされてい‥‥‥申す。ガフっ
鎌倉時代以降になると建築彫刻に採り入れられるようになり、日光東照宮では本殿や拝殿の桟唐戸に牡丹唐草のデザインが多く見られまする。
陽明門の東西の外壁には、寛政年間の修理にはめ込まれた大きく描かれた写実的な牡丹の浮き彫りが見えます。
各彫刻の詳細な場所
陽明門の西面(裏側)の彫刻の種類一覧
中段
唐子遊び
各彫刻の詳細な配置図
雀
雀
(らん)
布袋和尚と童
(らん)
野遊び
各彫刻の詳細な場所
聖賢・仙人
各彫刻の詳細な配置図
商山四皓(しょうざんしこう)
虎渓三笑(こけいさんしょう)
西王母と東方朔(ぜいおうぼ と とうさくず)
三聖吸酸(さんせいきゅうさん)
各彫刻の詳細な場所
下段
牡丹(大羽目)
各彫刻の詳細な場所
日光東照宮陽明門の彫刻の見方
日光東照宮陽明門の彫刻は、実は参拝者目線で配置されています。
例えば、唐子遊びや聖賢・仙人などの人物彫刻は下から見上げた時にこそ、よく見えるように少し斜め向きに作られています。
また、首だけの唐獅子の彫刻は、正面の唐獅子の彫刻は右段の下から上がってくる参拝者を迎えるように配慮して下を向けられています。
対して拝見の唐獅子は、陽明門と同じ高さから見るものに合わせて首を少し上にあげています。
側面の唐獅子も背面と同様。
陽明門の彫刻の数一覧
唐破風
太瓶束左右甍羽目
雲、麒麟(四方各2)合計8
東西妻側
太瓶束左右甍羽目
雲(東西各2)合計4
上層
龍の頭(正面背面各8/東西各5)合計26
息の頭(正面背面各8/東西各5)合計26
龍の頭/合計26
雲/合計26
息の頭/合計26
桐・鳳凰(正面背面各7/東西4)合計22
龍(正面背面に目貫の龍1)合計2
龍馬(正面背面各4/東西各3)合計14
龍馬(四方各2)
桟唐戸
雲・菊水・波・唐草合計32
昇り竜/降り龍(雲と龍)正面拝見各一対の合計4
火灯窓
四方に各窓2枚(各窓に鳳凰丸1の付け彫刻)合計8体
竹・松が四方に2対の合計16体
松皮花菱/12本
鳳凰の頭(鋳物)/4個
高欄(唐子遊び)
孟母三遷2人、奏楽4人、舞踏5人、じゃんけん8人、司馬温公の甕割5人、鬼ごっこ6人、木馬遊び7人、蝶々捕り3人、じゃんけん5人、雀2、雀2、鸞1、布袋・童子2、鸞1、野遊び2人、犬との遊び5人、ミミズクと瑠璃鳥(ミミズク1瑠璃鳥1)、灌仏会ごっこ5人、サンシャク2、雪だるま5人、瑠璃鳥と雀(瑠璃鳥2/雀3)、雪で作った犬5人、木馬遊び2人、サンシャク1、鳩2、倒れた友を起こす2人、火鉢を囲む7人、喧嘩5人、鳩1、鳩を捕まえる3人
下層
獅子(拳バナ)30、牡丹(拳バナ)44
聖賢・仙人
弾琴2人、囲碁3人、訴人6人、周公聴訴5人、孔子観河6人、展書5人、観画5人、商山四皓(しょうざんしこう)、虎渓三笑(こけいさんしょう)3人、西王母と東方朔(ぜいおうぼ と とうさくず)5人、三聖吸酸(さんせいきゅうさん)3人、琴高仙人(きんこう せんにん)1人、黄仁覧(おうじんらん)1人、鐘離権(しょうり けん)1人、費長房()3人※本人不在、王子喬(おうし きょう)1人、梅福仙人1人、鉄拐仙人(てっかい せんにん)2人、鄭思遠(ていしおん)1人(白虎2)、四睡3人(虎1)、福禄寿と寿老人3人、張良(ちょうりょう)1人
頭貫
獅子(正面背面各4/東西各3)合計14
獅子3/合計10
柱
置き紋が52
脇の間
菊唐草(四間各8/通路南北各10)合計52
欄間
北面東間東面(鳳凰、桐、雲)合計8
北面東間東面(牡丹唐草/四間各2)合計8
東西袖塀
欄間
北面東側左(錦鶏、長春、大和松、笹)合計8
胴羽目
獅子(南北の各東西に各2)合計8
蹴り込み小羽目
波(南北の各東西に各2)合計8
柱
地紋が6本
えぶり板
篠丸の内(獏・雲)2
以上、合計地紋132間、彫刻508体
陽明門の場所(地図)
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