日光東照宮の眠り猫の「意味・由来・歴史・伝説」について

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日光東照宮の眠り猫の「意味・由来・歴史・伝説」について

日光東照宮・眠り猫【国宝】

日光東照宮 眠り猫の意味・由来・歴史・伝説

制作年

不明
推定:江戸時代初期

修繕年(大修理)

2016年(平成28年)11月

作者

不明
社伝:左 甚五郎(ひだりじんごろう)

眠り猫の場所と眠り猫とは?

日光東照宮の彫刻の中で、三猿の他に有名な彫刻は何と言っても「眠り猫」です。

この眠り猫はなんと!国宝の指定を受けているほどの彫刻でもあります。

「眠り猫」とは、東回廊の出入り口部分の蟇股(かえるまた)に彫られた彫刻のことです。

蟇股とは、建築部材の1つで、屋根の加重を支えるための部材の1つでもあります。

この眠り猫は、伝説の彫刻家と伝わる「左 甚五郎(ひだり じんごろう)」が制作したとされる彫刻です。

しかし、本当に左 甚五郎の作品かどうかは、現代においても定かではありません。

左 甚五郎(ひだり じんごろう)とは?

江戸時代に実在したとされる、伝説的な彫刻家です。

左 甚五郎が彫った彫刻には魂が宿ると言われ、夜な夜な彫刻が動き出すといった、奇怪な噂が立つほどの腕を持った彫刻家だったと言われています。

「眠り猫」は、1608年(元和4年)に造営された東回廊奥、坂下門(さかしたもん)に据えられています。

日光東照宮 眠り猫の意味・由来・歴史01

眠り猫の意味

眠り猫の彫刻の裏側には、なぜか「雀の天敵である猫の彫刻がある」

実は、この眠り猫の彫刻の裏側には「雀(すずめ)の彫刻」が据えられています。

しかしこれは何とも滑稽な話だと思いませんか?

天敵であるはずの猫(眠り猫)の裏側に、なぜか雀が据えられているのです。

この理由は、猫が起きていれば雀は食べられてしまいますが、猫が居眠りしていれば雀と共に共存しているという平和の願いが込められているのだ、と云われています。

つまり、「警戒心の強い猫すらも安心して眠りに付ける世の中の到来」を意味し、さらに「天敵である猫が眠っている時にスズメが安心していられるように、弱い者も安心して過ごせる世の中である」といった深い意味合いがあるようです。

これはすなわち「猫が眠りに付くほど、徳川幕府(江戸幕府)の時代が平和であり、この平和が末永く続くであろう」という意味も込められていると云われています。

神社や寺の建物には、鳳凰や龍、麒麟などの伝説上の聖獣、そして鶴や亀、獅子や虎などの彫刻が施されることは多いものの、猫の彫刻というのはあまりありません。

さらに、眠った猫ともなると、非常に珍しい例であると言えます。

これには、猫と雀を対にすることによる、このような理由があったということです!

一説では眠っているフリをして薄目を開けて警戒しているとも

奥宮(奥社)の入り口にある眠り猫の彫刻は蟇股に彫られた小さい彫刻ですが、小さいながらも実は、いつも主人(家康公)が永眠する奥社を守護しています。

この場所に猫の彫刻があるのは、「これより先は神聖な場所であるから、不浄なものはネズミ一匹たりとも通さない」ということを表すためだとも云われています。

さて、眠り猫をよく見ると目を閉じているようにも見えますが、そもそも猫という動物は、寝ていても身を守るために常に耳を澄まし俊敏な動きで危機を回避する習性を持っています。

つまり、この眠ったようなスケベ目な薄目の猫を据えることで、一説では家康公を守護しているとも云われています。

ちょっと、眠り猫をよく見てください。

前足は踏ん張っている姿にも見えます。これは主人の墓に近づく妖しい者には、いつでも飛びかかれる警戒の姿勢をとっているとも受け取れます。

まるで家康公を守っているように見えませんか?

2016年の修復作業で「眠り猫の目が開いた?!」

日光東照宮では、平成の大修理が平成9年から執り行われ、境内の老朽化した建造物などが修理の対象となりました。

そしてこの眠り猫もいよいよ2016年6月に修理されることになり、一旦、この坂下門から取り外されました。

その後、2016年11月に坂下門に戻ってきましたが、よく見ると..ぬぅあんと!「薄目で少し目が開けられた状態」で戻ってきたそうです。

この目が開いているという事実は、飾られてから1ヶ月半経た後に判明したそうです。

目が開けられた理由としては、参照した大正・昭和期の図面の目の部分が黒で塗られているのを見た彩色担当者が、目の中心部分の黒さを強調し、更に周りを灰色にしたため、目が開いたようになってしまったということでした。

江戸期以降、近代まで一説では「眠り猫の目は主人(家康公)を守るため薄目で少し開いていた」という説があるのは事実ですが、確証があるわけではありません。

このため、「薄目を開いた眠り猫」は、判明後、すぐに再修理に出され、現在は従来通りの眠り猫が据えられています。

日光東照宮の中の立て看板の謎

日光東照宮 眠り猫の意味・由来・歴史

眠り猫の手前、東回廊の入口には看板が立てられています。

この看板には・・

「牡丹の花咲く下に日の光を浴びて子猫が転た寝しているところで日光を現わす絶妙の奥義を秘めている」

と書かれています。

この意味は、

「ぼたんの花に囲まれ、日の光を浴びて、うたた寝をしている姿のため、”日の光=日光”に因んで彫られた」

と解釈することができます。

東照宮の中にはさまざまな動物の彫刻がありますが、この眠り猫は「恒久平和を象徴している彫刻」と解することができます。


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補足:謎に包まれた伝説の大工「左甚五郎」

上述では、少し左甚五郎について触れましたが、実はこの左甚五郎という大工は、一説では「存在しない」と云われています。

しかし、日光東照宮の創建に関係した古文書によると、確かに「左甚五郎」という名前の記載があるようです。

この左甚五郎という人物は、日本全国規模で神社や寺院の造営に携わっており、1600年頃から1700年頃の間に「飛騨・高山」「京都」「和歌山」「江戸」、そして日光と、幅広い地域に多数の意匠作品を残していることから、同時期に複数人存在していたとも云われております。

まさに、謎に包まれた人物ではありますが、その謎が思わぬ所で露見されることになります。

その場所とは1889年(明治22年)に、アメリカで行われた「世界博覧会」です。

この博覧会では日本文化を世界に紹介する博覧会として「左甚五郎」の彫刻が出展されることになりました。

しかし、展示物の由緒が不明なことから急遽、左甚五郎について調査されることになったのです。

そこで意外な事実が判明することになります。

まず、当時「左甚五郎」と名乗っていた彫刻師が確かに存在していたこと、そして左甚五郎の苗字「」については、この人物が「左利き」であったことから「左」と名乗っていた、ということがわかりました。

さらに、この人物の出身地を調査すると、なんと!「四国の高松」に居住していた人物であることが判明しています。

日光東照宮と高松に居住の左甚五郎の関連性

しかし、ここで争点となってくるのが、なぜ左甚五郎が遠く離れた日光の地に居たのか?です。

実はこれにも理由がありました。

まず、甚五郎はこの当時、江戸幕府のお抱え大工の1人であった「平内大隅守正勝(ひらうちおおすみのかみまさかつ)」という人物の弟子になっています。

さらに、もう1人の幕府のお抱え大工であった「甲良宗広(こうら むねひろ)」の娘と甚五郎が、婚姻関係にあったことまでも判明しました。

つまり、これらの甚五郎の軌跡によって、日光東照宮の眠り猫が、紛れもなく巨匠・「左甚五郎」の作であるこということがわかったのです。

日光東照宮の彫刻制作に携わった後、左甚五郎は1651年(慶安4年)に高松で人生に幕を降ろしており、以後、甚五郎の子孫は松平家(徳川家)のお抱えの大工として繁栄を極めることになります。

しかし、「左甚五郎」という名前の襲名は4代目までで止まっており、その後、襲名されることはなかったと云われております。

つまりのところ、左甚五郎という人物が、複数にいたという説は、あながち間違いではないということになります。ウフ

参考文献:左光挙「考証左甚考」

実は東回廊自体が「立ち入り禁止」を示した建造物だった?!

東回廊の先には、家康公が眠りにつく奥宮(奥社)があり、その手前には上述の眠り猫があります。

そしてこれはあまり知られていませんが、実は東回廊の入口に据えられた彫刻を通して「神域を示している」と云われています。

「鶴」の彫刻

眠り猫は東回廊の入口から入って奥の天井付近に据えられていますが、多くの人が眠り猫に注目するあまり、東回廊入口正面にも実は眠り猫同様の彫刻があることはあまり知られていません。

その彫刻とは、「鶴」が彫られた彫刻になります。

「鶴」は古来、「神の乗り物」として伝わっている霊獣でもあります。

蜜柑の彫刻

眠り猫の背面に雀(すずめ)の彫刻があるように、鶴の裏側には「蜜柑(ミカン)の彫刻」が彫られています。

このミカンは古来、常世の国(とこよのくに)の果物として伝わっています。

常世の国とは、海の水平線の遥か彼方にあるとされる伝説上の理想郷のことです。

これら鶴とミカンの彫刻から導き出される意味とは、「東回廊より奥は家康公が眠る神域である」ということであり、つまり、この先は何人たりとも入ることが許されない神聖な領域であることを示している、と云われています。

眠り猫の場所

眠り猫は東回廊の坂下門の下にあります。東回廊は陽明門を向かい見て右方向に位置します。

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