日光東照宮の五重塔 の「高さ(大きさ)・歴史・建築様式(屋根・心柱)」と「十二支の彫刻」の由来と歴史(写真・画像つき)

スポンサードリンク

日光東照宮の五重塔 の「高さ(大きさ)・歴史・建築様式(屋根・心柱)」と「十二支の彫刻」の由来と歴史(写真・画像つき)

日光東照宮・五重塔【重要文化財】

日光東照宮の五重塔 の「高さ(大きさ)・歴史・建築様式(屋根・心柱)」と「十二支の彫刻」の由来と歴史(写真・画像つき)

創建年

  • 1818年(文化15年/江戸後期)
再建年

  • 1818年(文政元年)
重要文化財指定年月日

  • 1908年8月1日
大きさ

  • 四辺三間(約6m)
塔高

  • 36メートル
重塔の数

  • 五重
屋根の造り

  • 銅瓦葺
彫師(彫刻担当)

  • 後藤正秀
発願者(寄進者)

  • 酒井忠勝(創建)
  • 酒井忠進(1818年時)

日光東照宮の五重塔は【重要文化財】に指定されている、石鳥居をくぐった左側にある、美しい風貌を放つ塔です。

しかし、この大変、美しい日光東照宮の五重塔ですが、実はこれが創建以来のものではないと言われております。

日光東照宮の五重塔の歴史「過去に1度、火災で燃え尽きていた?!」

実は、この五重塔は、なんと!1度完全に焼失しています。

最初の五重塔は1650年(慶安3年)に初代若狭小浜藩主であった酒井忠勝によって寄進されたものでした。

しかし、1815年(文化12年)に、落雷のために焼失してしまい、現在の五重塔は、1818年(文政元年)に「十代藩主・酒井忠進」によって再建されたものだといいます。

日光東照宮の五重塔の大きさ(高さ)

日光東照宮の五重塔の建築様式「屋根・心柱」の隠された秘密日光東照宮の五重塔の大きさ(高さ)は、36メートルと言います。

これは、日本の五重塔の中では「小ぶり」の部類に入るそうです。

しかし、日本全国の五重塔の高さでは、6つ目に大きい高さを持つ塔と言います。

日光東照宮の五重塔の建築様式「屋根・心柱」の隠された秘密

五重塔の屋根をキッチリと密閉する理由日光東照宮の五重塔は、摩訶不思議なことに一層から四層まで和様の「平行垂木」、五層は唐様(禅宗様)の「扇垂木」となっています。東照宮の謎の1つです。

実は、この五重塔の構造は日本の重塔を持つ、いくつかの社寺の中でも極めて完成度が高い造りの見事な塔だといいます。

えぇっ?!日光東照宮の五重塔のど真ん中には、巨大な「木の柱」がブラ下がってる?!

えぇっ?!日光東照宮の五重塔のど真ん中には、巨大な「木の柱」がブラ下がってる?!日光東照宮の五重塔のど真ん中には、「巨大な木の柱」がブラ下がっています。

この巨大な木の柱は、「心柱(しんばしら)」と呼び、その大きさは直径で60センチメートルもあるといいます。

さらに、なんと!この巨大な心柱を宙に浮かすという「懸垂式(ぶら下がったような形式)」が採用されています。

この心柱は、四層目から鎖でつるされていて、底部は磯石から約10センチ浮遊させているそうです。

日光東照宮 五重塔の「心柱」が宙に浮いている理由

日光東照宮 五重塔の「心柱」が宙に浮いている理由

心柱を浮かせる理由は大きく2つあります。

 実は五重塔の屋根は、上から被せているだけなので、屋根を固定するための重石がわり。

 地震が起きても倒れないようにするため

心柱を垂れ下げる理由

心柱を垂れ下げる理由屋根の上から心柱を垂れ下げる理由は、地震の「横揺れ」「縦揺れ」に対しての振動を、心柱を振り子にすることによってうまく逃がすことができるからです。

さらに、心柱の重さを大屋根で受け止めることによって、五重塔の内部を密閉状態にすることが可能になります。

これは、五重塔で使用されている内部の木材が乾燥して干からびないように、キッチリと密閉する役割をしてます。

日光東照宮の五重塔の屋根の「造りと役割」

固定されていないことで、地震が来た時に、屋根と柱の結合部が、柔軟に動くことになります日光東照宮の五重塔の屋根は、縦の柱となる木に凹みを作り、うまくハメ込んで、乗せているだけの格好となります。

これは、固定されていないことで、地震が来た時に、屋根と柱の結合部が、柔軟に動くことになります。

すなわち、揺れても地面からの振動を吸収して、逃がすことができるので、結果的には地震の間だけ揺れて地震がおさまれば、また元の形の戻ることができると言ったことになります。

五重塔の屋根をキッチリと密閉する理由

日光東照宮の五重塔の「屋根(垂れ木)」の役割五重塔の屋根をキッチリと密閉する理由は、木材の性質を良く知っている者の手によって造られたことを実証する証拠ともなるのですが、木材とは伐採されても実は生きている(呼吸をしている)といいます。

これがどのようなことかといいますと、木材が年月を経ていくと言うことは気温差がある四季を歩むと言うことになります。

四季を歩むと言うことは、「乾燥」や「湿気」が発生します。

乾燥や湿気が発生すると、凝縮したり、水分を含んで膨らんで柔らかくなったりするということです。

塔身を構成する1つ1つの木材の大きさに変化が生じると、当然の如く「歪み」が生まれ、塔身がグラついてしまいます。

以上のことから、各部材の変化を少しでも軽減するためにキッチリと密閉することで、塔身を維持できるような構造になっています。

その他にも、万が一、塔身の変化が著しい時でも、心柱が五重塔の屋根を突き抜けることがないように工夫されているとも云われています。

「東京スカイツリー」の建設計画に日光東照宮の五重塔が応用されていた?!

「東京スカイツリー」の建設計画に日光東照宮の五重塔が応用されていた?!ちなみに、この五重塔の免震機能は、なんと!、あの「東京スカイツリー」の地震制振システム(心柱制振)にも対応されているそうなんです。

そして、この日光東照宮の五重塔の驚きのスゴさがまだあります。

実は、今も日本の人々の脳裏に悲惨な記憶として残る「3・11の大厄災」と呼ばれた「東日本大震災」の時も、この日光東照宮の五重塔は損傷がなかったそうなのです。

これはつまり、マグニチュード9.0という振動に耐えたことになります。

遠い100年以上も前の江戸時代に、ここまで考えて設計されて造られているのには、非常に、非常に!驚くところです。

日光東照宮の五重塔の干支の彫刻の歴史・由来

日光東照宮の五重塔の干支の彫刻の歴史・由来五重塔の一層目の蟇股(かえるまた)には、東西南北の四つの面に日光・富田宿(とんだじゅく)の名工・後藤正秀が手掛けた「十二支の彫刻」があります。

蟇股(かえるまた)とは?

カエルが足を広げたような木材の部品のことを言います。

この日光東照宮の五重塔だけではなく、古来の建築様式の建物に、主に屋根の部材として、幅広く使用されています。

カエルが足を広げたような木材の部品のことを言います。

しかし、この十二支の彫刻にも、多くの謎や秘密があり、現代まで解き明かされていない、「日光東照宮の七不思議の一つ」と言われています。

日光東照宮の五重塔の干支の彫刻の配置図

「東側(五重塔正面)」の動物の彫刻:虎、兎、龍

ー虎ーー兎ーー龍ー

徳川三代将軍・家康、秀忠、家光の干支に合わしているとされている。

南側の動物の彫刻:蛇、馬、羊

ー蛇ーー馬ー日光東照宮五重塔・干支・羊

 

「西側の動物の彫刻:猿、鶏、犬

ー猿ーー鳥ーー羊ー

「北側」の動物の彫刻:猪、鼠、牛

ー鼠(ねずみ)ーー牛ーー猪ー

上述でご紹介したとおり、東面に「虎・卯・辰」の干支が彫刻されているのですが、これは、偶然にも徳川三代将軍である家康・秀忠・家光の干支になっていると言います。

  • 虎は「徳川家康」
  • 兎は「徳川秀忠」
  • 龍(辰)は「徳川家光」

日光東照宮の五重塔の摩訶不思議

  • 実は、この徳川三代将軍の干支に合わせられたとされる動物が、「虎→兎→龍(辰)」の歴代の将軍の順番に右から並んでいるといいます。
  • 東照宮には「虎・龍」の単独の彫刻はありますが、組み合わせになっているのは、この五重塔だけ。
  • さらに東照宮には「鼠、蛇、馬」の動物の像・彫刻が、この五重塔以外にはありません。

最後に・・

数々のお寺や神社がありますが、日光東照宮ほど謎めいていて、その謎を解き明かすのに、こんなにも胸がトキメクことはありません。

この五重塔以外にも、たくさんの秘密やロマンが日光東照宮にはあります。

今度は、あなた自身でも、ぜひ、日光東照宮の秘密を見つけ、その謎を解き明かしてみてください。ウフ

スポンサードリンク -Sponsored Link-

    

当サイトの内容には一部、専門性のある掲載があり、これらは信頼できる情報源を複数参照し確かな情報を掲載しているつもりです。万が一、内容に誤りがございましたらお問い合わせにて承っております。また、閲覧者様に予告なく内容を変更することがありますのでご了承下さい。

関連コンテンツ