日光東照宮・唐銅鳥居(二の鳥居)

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日光東照宮・唐銅鳥居(二の鳥居)

創建年

1636年(寛永13年)

大きさ

高さ:約6m
横幅:約5m

奉納者(寄進者)

徳川家光

読み方

唐銅鳥居(からどうとりい)

日光東照宮・唐銅鳥居(二の鳥居)の歴史

日光東照宮のこの唐銅鳥居は、のぉあんと!1636年(寛永13年)に「日本で最初に造営された青銅製の鳥居」と伝えられてい‥‥申す。

この唐銅鳥居は、日光東照宮の創建時に造営された鳥居でもあり、以降、現在に至るまで創建当初の威容を今に伝えていることから「日本最古の青銅製の鳥居」となります。

奉納者は日光東照宮を大改修という形で再建した徳川3代目将軍の徳川家光公です。

当時の価格で2000両、現在の価格にすると約1億5000万円から2億円ほどを出資して造営された鳥居になります。


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日光東照宮・唐銅鳥居(二の鳥居)の特徴

神仏習合の鳥居

これはお隣の日光二荒山神社の鳥居にも言えることですが、日光東照宮や二荒山神社の鳥居の両方の柱の根元部分には「蓮の花弁」が描かれています。

このような鳥居はこの東照宮だけに存在するのではなく、日本全国の神社でも見ることができますが、おそらく日本全国を探し回っても10本の指に入るほどしか現存しない鳥居と思われます。

例を挙げますと、京都・北野天満宮の境内末社の「伴氏社(ともうじしゃ)の前の鳥居」や、他に「京都御苑の鳥居」もこのような形状の鳥居をしています。

ちなみに、このような鳥居の形状を「蓮華座鳥居」とも呼称します。

蓮華座とは?

蓮華はヒンドゥー教で生まれた花であり、「全宇宙を統べる」という意味合いもあります。

家康公が眠るこの東照宮に、このような蓮の花弁が施された鳥居にがあるということは、おそらく重要な意味合いが隠されているものと察することできます。

ましてや、奉納した者が家康公を心から敬愛していた家光公であれば尚のことです。

日光東照宮・唐鳥居の造り・特徴

唐鳥居の2つ目の横木となる貫(ぬき)部分には、徳川家ゆかりの葵紋が施されています。

扁額はなく、扁額の部分に徳川家の家紋である「葵紋」が据えられています。

家光公はどのような思いでこの鳥居を奉納したのでしょうか?

そんな思いを馳せるだけでも日光東照宮へ訪れる甲斐があったというものです。

日光東照宮・唐銅鳥居(二の鳥居)がパワースポット??

実はこの唐銅鳥居の前の石畳(タイル)の1つが日光東照宮におけるパワースポットであると云われております。

なんでもその石畳の上からは陽明門、家康公が眠る、「奥社(奥宮)・宝塔」が一直線状につながるポイントとされ、世にも希な強力なパワーが集まっていると云われております。

鳥居は神域などの入口に建ち、神域を俗界を隔てる境目となるものですが、日光東照宮を例に挙げると二の鳥居→陽明門→唐門→拝殿→本殿という順番で、南北にわたって直線状態に置くことができ申す。

一の鳥居は少しこの直線上からは外れ、6度ほど東南にズラすように建てられています。このズレはわざと用いたという説がありまする。(余談だが、奥の院の家康公墓所や奥宮拝殿は、若干、左にズレている)

一の鳥居が石鳥居で奉納者が黒田長政。対してこの唐銅鳥居(二の鳥居)は将軍・徳川家光公。寛永の大改修の際、石鳥居がそのまま据え置かれた理由も気になりますが、やはり、そうなると二の鳥居造営に込められた思いや、その本意の方が気になってきやがります。

詳細は下記ページをご覧すわぁぃ


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そもそもなぜ日光に家康公は眠るのか?二の鳥居と関係が?

日光東照宮は家康公の遺言によって造営されたと云われますが、造営指揮者は家康公のブレーンを務めた南光坊天海僧正です。

天海僧正は陰陽師の一面も兼ね添えており、現在の東京都区部(江戸)を風水の思想によって設計した話は有名です。

この日光造営に際しても、やはり、自身が持つ見識の1つである風水を採用したと考えられています。

陰陽道には北極星を神として崇める教理のようながあり、その北極星を神格化させた信仰となるものが、妙見信仰と呼ばれるものです。

一説には家康公は自身が他界した後も神となって江戸の総鎮守となるために、妙見信仰に於ける北極星と自らを同化させ、太陽神・天照大御神に対し、東(関東平野)を照らす「東照大権現」として君臨することが遺言の真意であったとも考えられています。

家康公は生前、この日光東照宮の随所に見られるように中国の道教や儒教の思想に感化されており、その中で自身の今後(未来)を見出したのかもしれません。

ちなみに「妙見信仰」とは、北極星または北斗七星を神格化させ、「妙見菩薩」や「北辰菩薩」「尊星王」などと呼びならわした信仰のことです。

そう考えると本殿からの直線上に置かれる、この二の鳥居の重要度は増し、本当の神界への入口という役割を併せ持った構想も浮上してきます。

昨今、この鳥居やその足元の石畳がパワースポットとして注目される理由の1つとして、このような北極星を崇拝する妙見信仰の影がチラついてきやがります。

日光東照宮・唐銅鳥居の場所

日光東照宮・唐銅鳥居は一の鳥居をくぐった先の陽明門の前の鳥居です。

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