日光東照宮の獅子(飛び越えの獅子)の歴史・由来・伝説・作者などの情報一覧

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日光東照宮の陽明門の彫刻の「獅子(飛び越えの獅子)」の由来と歴史

日光東照宮の陽明門の右手前の石柵の裏に「飛び越えの獅子」という、彫刻(石像)があります。

この獅子、一見、石の柵を倒れないように、両足で支えているようにも見えますし、石の柵を飛び越えた後のようにも見えます。

おおよその参拝客の方は、日光東照宮の陽明門を目指して、この「飛び越えの獅子」の存在を知らないまま、通り過ぎていってしまいます。

「冬木太良右衛門」と呼ばれる、獅子石工の巨匠が制作した「飛び越えの獅子」一見すれば、この獅子は石の柵と引っ付ているかのような彫刻?なのですが、元来からこうやって1つの石の彫刻として(柵として)制作されたものです。

しかし、この獅子にも由来があります。

この獅子は「冬木太良右衛門」と呼ばれる、獅子像石工の巨匠が造立した獅子だそうです。

冬木太良右衛門とは?

冬木太良右衛門とは、日光東照宮の地元、日光に住んでいた石工職人でした。

主に、獅子の石工が得意の職人だと伝わっています。

日光東照宮の石の柵を作る際、幕府は地元の職人にも金100両で募集をかけ、そこに応募してきたのがこの「冬木太良右衛門」と云われています。

この事実は、この時に発行されていた「帳簿」に記録されていることから、事実であることが判明しました。

後の世で、この帳簿に記載があった名前に「冬木太良右衛門」と記されていた事実から、この獅子の製作者が分かったそうです。

「獅子(飛び越えの獅子)」は「飛び越えている?」「支えている?」・・どっチ??

そして、気になるがこの獅子の格好です。

一見みると「石柵を飛び越えているのか?」「石柵を支えているか?」かの見分けがつきません。

しかし、日光東照宮に由来する伝記によるとこの獅子は「石の柵を支える役目を担っている」そうです。

初代・江戸幕府の創始者である「徳川家康公」が眠る、豪華春蘭な造りの日光東照宮です。

きっと、石の柵を支える石にでさえ、家康公に敬意をはらい、デザインを施したしたのかもしれませんね。

飛び越えの獅子の由来(名前を付けた人物)は、徳川家光だった?!

「冬木太良右衛門」と呼ばれる、獅子石工の巨匠が制作した「飛び越えの獅子」 (2)この「獅子(飛び越えの獅子)」は、当初、名前など無かったといいます。

しかし、日光東照宮に訪れた徳川家光公が、この獅子を見るなり大変、驚いたそうです。

そして、徳川家光公は、この獅子を見て驚きながら、こう言ったそうです。

「おお、まるで獅子が柵を飛び越えておるように見える」

これ以来、この獅子の石柵は「支えている」のではなく、「飛び越えている獅子」と言いあらためられ「飛び越えの獅子」というネーミングが付いたそうです。

その後、現代まで「飛び越えの獅子」として名前が伝わっています。

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