【幻の伝説の寺院】日光山・二荒山神社(旧)本宮「四本龍寺」

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【幻の伝説の寺院】日光山・二荒山神社(旧)本宮「四本龍寺」

日光山・二荒山神社本宮「四本龍寺」見どころ・歴史・建築様式・高さ・横幅・作者・建立理由

創建年

  • 不明(8世紀中頃/奈良時代760年頃)
本尊

  • 千手観音菩薩
脇尊

  • 不動明王
  • 五大尊
  • 勝道上人
  • 金剛童子
開創者

  • 勝道上人

日光山・四本龍寺の歴史・由来

この四本龍寺は日光で最初に開かれた地とされ、現在の日光山の発祥地とされています。

東照宮へ参拝に訪れて「日光山・四本龍寺」と聞き、輪王寺や二荒山神社・東照宮の境内を探しまわる方もいるようですが、四本龍寺は、かつてこの日光に存在したとされる「幻の寺院」となります。

以前は、「日光二荒山神社の本宮」として存在していましたが、現在では日光山・輪王寺の一部として正式に文化遺産に登録され、神橋の近くにヒッソリとかつての姿の断片を留めています。

四本龍寺は日光開山の祖と言われる勝道上人により、8世紀中ごろ(おおよそ800年初頭)奈良時代に創建されました。

境内には国の重要文化財に指定されている「観音堂(かんのんどう)」や「三重塔」があり、これが見どころとなっています。

日光山・四本龍寺の名前の由来

勝道上人が自分の草庵(住居)で、千手観音を礼拝していたとき、現在の「紫雲石」と言われる石の付近から「四本の紫色の煙」が立ち上り、それが龍の形になって「二荒山(男体山)」の方へたなびくと言う「瑞祥(ずいしょう/良い事が起こる兆しの事)」を見ました。

これにより勝道上人は、この地が天を司る「青龍・朱雀・白虎・玄武」の、「四つの宿星が守護する霊地」と悟り、瑞祥にちなんで「紫雲立寺」と言う名の寺を建立します。

その後、現代にまで伝わる「四本龍寺」と改名され今日に至っています。

日光山・輪王寺「四本龍寺」の見どころ

日光山・四本龍寺「観音堂」【県指定文化財】

日光山・四本龍寺「観音堂」【県指定文化財】

創建年

  • 800年頃
再建年

  • 1685年(江戸中期)
建築造り

  • 寄棟造り(よせむねづくり/屋根が四方へ垂れ下がり雨水が四隅へ流れ落ちる造り)
  • 一重
屋根の造り

  • 銅瓦葺き
大きさ

  • 桁行三間(奥行):約8m
  • 梁間三間(横幅):約8m
御本尊

  • 千手観音像
重要文化財指定年月日

  • 1973年(昭和48年)6月2日
発願者

  • 橘利遠

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「四本龍寺・観音堂」の由来・歴史

「観音堂」の創建は9世紀初め(800年頃)と言われ、「下野国司・橘利遠(たちばなのとしとお)/現代の例えで栃木県知事)」が寄進しました。

輪王寺の観音堂は、現在でも「下野三十三観音巡り・第3番札所」として変わらず尊崇を寄せています。

「観音堂」は、日光山内で唯一の白木(素木)造りの建造物となっています。

江戸時代に焼失していますが1685年に再建されています。

上述のとおり、四本龍寺の御本尊は「千手観音」であり、この御本尊は観音堂に安置されています。

観音堂には御本尊の他、脇侍の「不動明王」「五大尊」及び「勝道上人」をお祀りしています。

※五大尊(=五大明王)/中央に「不動明王」/東に「降三世明王」/南に「軍荼利明王」/西に「大威徳明王」/北に「金剛夜叉明王」

尚、1874年(明治7年)に「金剛童子」をおまつりした経緯から、別名で「金剛堂(こんごうどう)」とも呼称されています。

日光山・四本龍寺「三重塔」【重要文化財】

日光山・二荒山神社本宮「四本龍寺」見どころ・歴史・建築様式・高さ・横幅・作者・建立理由

創建年

  • 1241年(仁治2年)年
再建年

  • 1690年(江戸中期)
  • 1713年(江戸中期)
建築様式

  • 三手組・二重垂木造り
屋根造り

  • 栩葺(とちぶき)
大きさ

  • 高さ:18m
  • 桁行(奥行):約6m
  • 梁間(横幅):約6m
重要文化財指定年月日

  • 1973年6月2日

「四本龍寺・三重塔」の由来・歴史

四本龍寺「三重塔」は、もともと は1241年(仁治2年)に、東照宮の境内に源実朝の菩提を弔うために建立されたものです。

室町時代に火災のため焼失しましたが、「1634年~1636年/寛永11年~13年」に行われた「日光大造営」 の際に現在の地に移設、その後「貞享の延焼(1684年)」で再び焼失、さらにその後の「1713年(正徳3年)」に再建と、目まぐるしい歴史を持ちます。

現在の三重塔は江戸時代の貞享期(1684年から1687年)に焼失後、すぐに元の形のまま1690年に再建されたものです。

尚、2003年から2007年にはの大修理が行われており、創建当時の鮮やかな朱色に生まれ変わり、屋根も当時の「栩葺(とちぶき)」に葺き替えられています。

ところで・・「栩葺」とは?

栩葺は江戸時代以前に用いられた屋根の葺き方で、栩板(とちいた)と呼ばれる板を用いて噴きいた屋根のことです。

栩板は「こけら葺き」で用いる「こけら板」よりも少し分厚い割り板で、厚さ約10ミリ~30ミリ、幅が9㎝~15㎝、長さ約60㎝の板になります。

時代を経る過程で、屋根の形状が湾曲を描くようになり、分厚い板では対応できなくなったので、厚みがわずか数2~3ミリの「こけら板」が用いられるようになっています。

この三重塔は、全体的に四角い固い感じを受ける質素な全貌ですが、精密な組み物や「脇間の連子窓」など、細かで鮮やかな装飾もあります。

特に「蛙股(かえるまた/屋根の下の飾り)」に施された「十二支の彫刻」は極彩色に彩られ、以下のような十二支で方角を表していると云われます。

  • 「子(ねずみ)は北」
  • 「卯(うさぎ)は東」
  • 「午(うま)が南」
  • 「酉(とり)は西」

これらの十二支の彫刻も四本龍寺の見どころの1つです。

三重塔の建築様式としては、屋根の瓦の下(裏側)に据え付けて屋根全体を支える木材を据えた「三手組・二重垂木造り」と呼ばれる造りになっており、鮮やかな丹塗りで、上述の十二支の彫刻などで飾り立てられています。

通常、「四本龍寺・三重塔」と呼称されることが多いのですが、正式には従来の「四本龍寺」は存在せず、この三重塔は「輪王寺」の一部となっています。

尚、この三重塔は1973年(昭和48年)6月2日に「輪王寺・三重塔」として国の重要文化財に登録されています。

東照宮や大猷院に見られる絢爛豪華な華やかさからはかけ離れたものがありますが、東照宮へ参拝された際は是非!四本龍寺へも参拝してみてください

日光駅(JR・東武)から四本龍寺へのアクセス(行き方)

JR日光駅・東武日光駅から東武バス「中禅寺温泉・湯元温泉行き」か「世界遺産バス」へ乗車
↓(バス所要時間:約5分/バス運賃:200円)
「神橋バス停」下車

二荒山神社本宮・北側を目指す/徒歩5分

四本龍寺

もしくは、世界遺産バスへ乗車して「勝道上人像前バス停」で下車スグ。

日光山・四本龍寺へのお問い合わせ(電話番号・住所)

  • 住所:栃木県日光市山内2300(輪王寺・寺務所)
  • 電話番号:0288-54-0531(輪王寺・寺務所)

四本龍寺は栃木県日光市にあり、二荒山神社本宮の北側「日光幼稚園」近くに位置しています。※↓地図参照

⬆輪王寺・四本龍寺の場所と地図
営業時間(開門・閉門時間)

8:00〜17:00(4月から10月)
8:00〜16:00(11月から3月)
※入場(拝観)は30分前まで
URL: http://www.rinnoji.or.jp/keidai/sihonryuji/sihonryuji.html

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