【山中の水の神?!御朱印アリ】滝尾高徳水神社(たきのおたかとくすいじんじゃ)【瀧尾神社・末社】

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滝尾高徳水神社(たきのおたかとくすいじんじゃ)【瀧尾神社・末社】

創建年:昭和52年11月26日

再建年:平成10年6月27日(当地に遷座)

建築様式(造り):一間社春日造

御祭神:罔象女神(みづはのめのかみ)

御神徳(ご利益):災害防止(特に止雨)、祈雨、開運守護

読み方

滝尾高徳水神社(たきのおたかとくすいじんじゃ)

由緒(歴史)

当神社は水に関するトラブルを防止するための鎮守神として藤原町高徳(今は廃絶していてない。現在の鬼怒川温泉駅付近)の鬼怒川沿いに建立されてい‥‥‥申す。ギャハっ

創建当初は「高徳水神宮」という名前の神社でしたが、平成10年6月に社号が改称され、現在の「滝尾高徳水神社」になってい‥‥‥まする。(フェィント)

高徳水神宮の創建理由

この当時、栃木県内にてダム建設が多くなり、水の災害を懸念した当時の栃木県知事「故・横川信夫」氏が私財を投じて、水の神を川の鎮守とすべく、高徳水神宮を造営してい‥‥‥申す。グハっ

社地は元・県議会議員の「故・星 功」氏が東電より提供を受けて創建されてい‥‥‥申す。グホっ

高徳水神宮が移転した理由

藤原町高徳の鎮座地が県道の拡張工事により、立ち退きを余儀なくされたため、社地移転と相成り申した。

社地移転地が選定された後、現在地となる日光修験の聖地とされる「滝尾神社」の境内地。白糸の滝の前に決定。

藤原町の香川健二氏の協力のもと、平成10年6月に当地に遷座していまする。

遷座の折、例祭を毎年10月10日と定めて今日に至り申す。ガハっ

建築様式(造り)

社殿は一間社春日造りの銅葺。石製の御垣をめぐらせ、社殿正面に石造り階段、石造り灯籠2基、木造鳥居一基を附属す。

設計は故・中里茂氏が日本画家「米陀 寛」氏の紹介により担当。

施工業社は石川工務店(日光市)

‥‥‥とのこと。

罔象女大神(みづはのめのおおかみ)とは?

罔象女大神は日本書紀での表記。古事記では「弥都波能売神」。

水に関する信仰は山や岩、木などとともに、上古から自然崇拝の1つとして根幹にあった。

水の神が祀られる場所は水源地、川、井戸、田んぼの水口など、やはり水に近い場所に祀られる。

当神社は山深い山中に位置しながらも、間近に「白糸の滝」というがあり、この滝から流るる細流があり、それが麓の自然を潤している。


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境内見どころ

カエルと亀の石像

当神社の前には水を司る存在であるカエルと亀の石像が社殿両脇に置かれてい‥‥申す。グフぇっ

白糸の滝

当神社社殿を向かい見て左脇には稲荷川展望台(日本一の砂防ダム)へ通じる道幅の狭い道路が延びていますが、この道路を挟んだ向かい側には小川がコロコロと音を立てて流れており、その先に滝が見えまする。

この滝こそが通称「白糸の滝」と呼ばれるである。

ただ、この滝は飛瀑とはかけ離れた角度が緩やかな滝であり、チョロチョロと流れているので心地良き、水音を立てている。この滝の前で軽く昼寝できる。

滝尾神社

白糸の滝から生じる小川には橋が架かり、この橋をわたると目の前に滝尾神社の入口となる「滝尾神社」と刻字された碑がみえる。

白糸の滝から徒歩約5分くらいで滝尾神社の楼門へ到着できる。

滝尾高徳水神社へ参拝した方は大方、滝尾神社へ行く方だろうと思うが、滝尾神社は神社ながら運試しの鳥居という半ばアトラクションじみた参拝者を楽しませる余興があったり、子種石という古来、子宝ワンサカ💖の利益をもつ石コロころころドコいった‥‥‥が有名。

御朱印

当神社では「水神社」と墨書きされた御朱印が日光二荒山神社の授与所にて頒布されている。

授与場所や授与時間の詳細については下記ページを参照するか、日光二荒山神社の公式サイトまで。

滝尾高徳水神社の場所(地図)

滝尾神社の楼門から当神社までは徒歩約7分くらい。日光東照宮の美術館からだと徒歩約25分。

歩くのがダルすぎてダルタニャンなコノヤローは車での参拝もできる。ダルタニャン?三銃士?

何と言っても当神社の前には駐車場があるからである。

しかしながら、この駐車場は一般公開されていないことから、毎度、誰でも駐車できるとはかぎらない。

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